日々の心がけ、考え方のベースになる三子教訓状

いつもの心がけとして、戦国武将の家訓は、とても参考になる。
日本人が無宗教とかいうけど、時代背景、近代化政策、占領政策において、どんどん、神さまのいるとされる場所がなくなったり、仏教の弾圧とか、政治に組み込まれたり、国家神道の強制化とか、道徳教育廃止とか、日本人は、無宗教になるべくして、なってきたけど、でも文化としては、「神さま仏さま」と祈るし、個人事業主とか中小企業の社長とか、大企業のマネージャーとか、神社参りするし、西洋的な宗教観と違うだけで、日本人は、昔からずっと、神様、仏様であり、生活になじんでしまっているだけ。
自分もそうだけど、そんなライトな仏教徒、神道教徒でも、毛利元就の三子教訓状の一文は参考になる

三子教訓状

我が身を振り返ってみて格別心がけのよろしきものにあらず、筋骨すぐれて強健なものにもあらず、知恵や才が人一倍あるでもなく、さればとて、正直一徹のお陰で神仏から、とりわけご加護をいただくほどの者でもなく、何とて、とくに優れてもいないのに、このように難局を切り抜け得られたのはいったい何の故であるのか、自分ながら、その了解にさえ苦しむところであり、言葉に言い表せないほど不思議なことである。

十一歳で伝授を受けたが、今なお、毎朝祈願を欠かさず続けている。それは、朝日を拝んで念仏を十遍ずつとなえることである。そうすれば、行く末はむろん、現世の幸せも祈願することになるとのことである。また、我々は、昔の事例にならって、現世の願望をお日様に対してお祈り申し上げるのである。もし、このようにすることが一身の守護ともなればと考えて、特に大切なことと思う

朝日に念仏、って、神様と仏様ごちゃごちゃで、神様、仏様に怒られそうだけど、どちらにも畏敬の念をもって、神様、仏様の前では、自分は小さな存在であり、その加護にあやかって、今があるのである、ということなのだと思う。

おごりたかぶりはNGで、俺すげー、ってなる人とか、謙虚な気持ちを忘れて、目の前のことに目がくらむとか、よくあると思うけど、改めて、日々謙虚に生きていくことが必要であると改めて思った次第です。

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